はじめに
こんにちは、手塚充樹です。
先日、毎年参加している日本抗加齢医学会に参加してきました。この学会では、歯科以外の様々な診療科の先生方の最新の知見を聞くことができ、毎回多くの示唆を得ています。
今回は特に印象的だった耳鼻咽喉科の先生のお話から、現代医療の変化と口腔機能の重要性について、皆さんにお伝えしたいと思います。

明るく人生を生き抜いているコロッケさんも懇親会会場に訪れた
認知症の原因第1位は「難聴」
まず驚いたのは、認知症の原因の第1位が難聴であるという事実です。
今まで、認知症の原因としては様々なものがいわれていることは知っていましたが、難聴といわれる理由を調べてみたところ、THE LANCET(ランセット)という論文雑誌のある文献の内容からそのように言われることが多いようです。
📘【Lancet Commission on Dementia, 2017】
研究名:Dementia prevention, intervention, and care
著者:Livingston G, Sommerlad A, et al.
聴力が徐々に失われることが、心身の生きる力に大きな影響を与えているのです。
先進諸国では補聴器装着への国からの助成金がある一方で、日本ではまだ助成が少なく、高額な機器のため装着できない人が多いのが現状です。
歯科の「8020運動」(80歳で20本歯を残す)に似た「聞こえ8030運動」が耳鼻咽喉科で提唱されているそうです。口腔機能と同様に、聴覚機能の維持も健康寿命に直結しているということですね。
眼、耳、口(歯)、皮膚など、疾患として死に直結するような脳や心臓やそのほかの臓器の疾患とは異なる性質をもった組織かもしれないですが、「生きがい」や「生きる力」とのつながりが強いと改めて感じました。
がん治療の革命的変化
新薬の登場で手術が不要に?

がん治療の分野では、革命的な変化が起こっています。耳鼻咽喉科の医師も外科医の減少を感じており、患者も手術を避けたいというニーズが増えています。
そんな中、新しい薬(新薬)の開発が急速に進んでいます。人の免疫を利用してがん細胞を殺す薬や、がん細胞の特定の受容体に作用して細胞を破裂させる薬などが登場しています。
これらの新薬は、これまで手術が必須だった大きながんに対しても劇的な縮小効果が見られることがあり、手術を避けてがん治療ができるようになってきているのです。
なんと、2050年までにはがんの手術件数が90%程度減少する可能性もあると予測されています。
口腔がん治療の現状と課題

現在、2人に1人ががんになると言われており、そのうち約3%(年間約3万3千人)が頭頸部(口、舌、首のあたり)のがんです。
舌がんのための口腔外科手術では、舌の大部分を切除したり、顎の骨の再建が必要になったり、腹筋や前腕の組織を移植して舌の代わりにするような大規模な手術が行われることがあります。
私も口腔外科の医局に所属をしていた時は、口腔がんの大規模な全身麻酔の手術の日は、朝から夜どおしで、医局員総出で処置や手術機械出し、術後のケアなどの業務を行うことを経験しました。
それだけの大規模な手術を行っても回復することができる人体の回復力に感銘を受ける一方で、このような手術は、舌の複雑な動きが阻害され、「噛む・話す・喋る・歌う・飲み込む」といった生きる上で重要な機能が著しく低下してしまうという深刻な問題があります。
厚生労働省のアンケートでも、人が幸せを感じる瞬間は病気がなく美味しく飲食ができる時であると示されています。がん治療による顔面の大規模な切除や歯の喪失による咀嚼困難は、人の生きる力を奪い、認知症や消化器系の病気、誤嚥性肺炎などの原因となり、体のバランスを乱してしまうのです。
前述したような、新薬が劇的な進歩を遂げて外科手術を避けてがん治療が成立するようになれば、機能を保持できる可能性が高まるので、それは「生きがい」や「生きる力」を支えることにつながり、ニーズはきっと高まるんだろうと思います。
医療費の課題

(先日発表した健康寿命延伸研究会KJEKのスライドから引用)
新薬の登場は良いニュースである一方で、その開発・実装による医療費全体の増大が問題視されています。今年の私の中での心配事・関心事のトップに来るのがこの問題です。
極度な少子化と超高齢社会によるいびつな人口ピラミッドの影響で、2040年頃からは労働人口が社会保障費(医療費)を負担するのが厳しくなると予測されています。

(先日発表した健康寿命延伸研究会KJEKのスライドから引用)
そのため、今後は遺伝子解析などを通じて、薬が必要最小限かつ効果的に使用され、無駄な薬が使われないようにすることが重要になります。

(先日発表した健康寿命延伸研究会KJEKのスライドから引用)
また、医療費を圧迫する「無駄遣い医療」や「低価値医療」の例として、ウイルス性の風邪に対する不必要な抗生物質の処方や、本来薬局で買える湿布の処方(年間約1300億円の医療費が使われている)が挙げられています。
嚥下障害治療の限界と口腔機能の重要性
嚥下障害への新しいアプローチ
耳鼻咽喉科の領域では、嚥下障害の治療として、喉に電気刺激を与えるデバイスを装着し、嚥下反射を起こさせる方法が紹介されました。これは一部の人には有効です。
しかし、このデバイスは「飲み込む」動作のみを補助するものであり、食べ物を認識し、口に取り込み、咀嚼して唾液と混ぜて「食塊(しょっかい)」を形成する一連の口腔機能全体の問題がある人には不十分であると私は考えています。
口腔機能回復の劇的な効果
実際の医療介護現場では、胃ろう状態や、摂食嚥下機能が障害された状態だったとしても、入れ歯の調整などでしっかり噛めるようにしただけで、口から食事ができるようになり、寝たきりだった人が座れるようになり、歩けるようになるなど劇的な改善が見られる事例があります。
認知症のような状態だった人が、咀嚼機能の回復と食事によって、はっきり話せるようになったり、明るくなったりする実例も報告されています。
このことから、嚥下機能だけでなく、口腔機能全体を向上させることの方が、より広範で良い効果が期待できると考えています。まずチャレンジすべきは口腔機能の向上からということになります。
口腔の健康が全身の健康を決める
歯の健康と医療費の関係
歯が多く残っている人や重度の歯周病がない人は、年間にかかる医療費が少ない傾向があり、歯の健康が全身の健康と関連している可能性が示唆されています。
ネイチャーコミュニケーションズに掲載されたアンブレラレビュー(複数の文献をまとめた信頼性の高い統計分析)によると、口の中の病気は28種類の非感染性疾患(NCDs)と深く関連していることが明らかになっています。
NCDsは、高血圧や貧血などの生活習慣病から発展し、認知症、下肢切断、失明など、人の生きる力を奪う病気です。
歯の根の病気も心臓病や血管の病気と関連していると言われています。
したがって、歯科治療は、心臓病や血管の病気のリスクを下げたり、がんの発症リスクを抑えたり、人の生きる力を支えることに繋がるのです。
歯科医療の今後の方向性

全身の健康を支える役割へ
これまでの歯科医療は「虫歯を削って詰める」「見た目を白くする」といった審美的・対症的な治療が中心でしたが、今後は全身の健康を支える役割がますます重要視されるようになります。
審美の面においても、かつて流行した真っ白な歯――いわゆる「ターキーティース」(歯を大きく削るため歯茎にトラブルが生じやすい)――よりも、自然な美しさを重視する流れが世界的な潮流となっています。
実際、映画に出演する有名女優でも、すきっ歯をあえて治療せずチャームポイントとして活かしている例が見られます。イギリスでは、セラミックによる白い被せ物の治療費が高額であるため、費用の安いトルコで治療を受ける人が増えた背景があります。この動きがきっかけとなり、不自然に白すぎる歯を「ターキーティース」と揶揄する表現が広まったと言われています。
口腔機能全体を診る時代へ
今後は、歯をあまり削らずに、舌や頬、咀嚼筋、歯並びといった口腔機能全体がどう機能しているかを診ることが求められます。
単に歯を治すだけでなく、噛む力、話す力、飲み込む力といった生きる上で欠かせない機能を総合的に評価し、向上させていくことが重要なのです。
まとめ
今回の学会参加を通じて、耳鼻咽喉科の先生のお話を聴ける機会が大変貴重でした。
また、その結果、改めて口腔機能の重要性を実感しました。噛む力は単なる食事の問題ではなく、認知症予防、がん予防、全身の健康維持に直結している可能性があります。
私たち歯科医療従事者は、これからの時代により一層、患者さんの生きる力を支える存在として、口腔機能全体の向上に貢献していかなければなりません。
今回の内容はYoutube動画でも公開しています
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皆さんの健康的な生活のお役に立てれば幸いです。
🌿 関連リンク
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🌱 JUJU & Bloom|音楽・健康・教育の未来づくり
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🎓 健康寿命延伸研究会 KJEK|医療・栄養・予防を横断する研究と発信
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著者
手塚 充樹(てづか みつき)のプロフィール
趣味と人柄
趣味は運動と音楽です。
かつてはバスケットボールに熱中し、小学校から大学、そして社会人に至るまで、監督やプレイヤーとして活動していました。出身大学ではバスケットボール部の監督も務めていましたが、現在はボクシングを趣味として3年間ほど取り組んでいます。
また、音楽にも造詣が深く、歌やギターなどを趣味として楽しんでいます。
皆さまの歯科診療に携わることを楽しみにしておりますので、お口と体の健康について何かあればお気軽にご相談ください。患者さまに寄り添う姿勢を意識しております。
学歴・経歴
学歴
経歴
- 2009年:鶴見大学歯学部口腔内科学(口腔外科学第2講座)講座入局
- 2014年:新橋テヅカ歯科クリニック 副院長
- 2014年:川崎ジンデンタルクリニック 院長
- 2017年:鴨宮青山デンタルクリニック 非常勤
- 2019年3月:健康寿命延伸研究会 主催
- 2019年9月:新橋ヘルシーライフデンタルクリニック 開設
- 2023年4月:学校法人 大原学園 東京立川歯科衛生学院専門学校 兼任教員
現職
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